2023-11-13

私はあまり、匂いでひとを思い出すことがない。昔の恋人たちが香水をつけるタイプではなかったのもあるし、私はただでさえよく彼らのことを思い出すから、いちいちトリガーを引かれることがない。けれどひまわりのシャンプーの匂いだけはいまだに嗅げない。いちど別れて、友達に戻って、あの子と私と私の母でディズニーに行ったとき。シンデレラ城が見えるホテルの一室で、母がいない一瞬のあいだ、あの子がしずかに泣いたこと。どうして泣いてるのと声をかけてもひとつも声を発さなくて、大人みたいにひっそりと泣いていた。どうしたらいいかわからなくて、子どもなりにへたくそに抱きしめたら、ひまわりのシャンプーの匂いがした。やさしくてあたたかくて、でもどこか嘘みたいな匂いだった。あの子はなにも言わなかった。それから数ヶ月後にまた付き合って、あのとき泣いたのは友達であることが苦しかったからと告げられた。あの子の涙も、1500円で買った安っぽい、天使の羽のネックレスを首にかけながら家族に隠れてキスしたことも、ぜんぶぜんぶあの匂いと同じで嘘みたいだ。もう2度と会うことはないだろうけれど、たまに私を思い出してね。あんな汚い共依存じゃなくて、健康的でたいせつな愛を抱いて幸せになって。でも私とのあのころを、ホテルから見えたシンデレラ城、天使の羽のネックレス、おそろいのキーホルダー、お互いに書いた稚拙な手紙、なくしてしまった指輪のこと、思い出す夜がありますように。

 

昔のことを後悔しないようにしている。考え出したらキリがないし、全部どうしようもないことだから。あの子の住む町、横浜からかなり外れた閑静な住宅街。べと、と体にひっつくような他人の目と暗い制服の色。ひび割れた地面。あ、書いていて思い出した、あの子私が遊びに行って充電が切れてしまったとき、凍えそうな冬なのに駅にひとり私を待っていた。あれ、確か帰るって言った時間より一時間くらい遅くて、でもずっと待ってたんだ。あー、こういうことを考えだすと、自分がした最低最悪なことの解像度がぎゅっと上がる感じがして気持ち悪い。あの子は頭がわるくて、ひとりじゃなにもできなくて、そういうところが大嫌いで大好きだった。あの子がわからない話しをするとき気持ちがよくて、私以外と話していると腹が立って、たぶん所有物みたいに思っていたんだろうな。依存ともまた違う。ひととして扱っていなかったのかもしれない。ごめんね。今だって、やってることはあのときとたいして変わんないけどさ。